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行政裁判原告最終意見陳述(全文)

2025年4月4日発行

原告 松崎恵子 (君津市戸崎在住)

私は小櫃川流域の小櫃地域で稲作とカラーという花の栽培をしている専業農家の農婦です。稲作は小櫃川から汲み上げた水と自噴する地下水で栽培し、カラーは自噴する地下水で栽培しています。また稲作もカラー栽培も無農薬です。

自分が農業に関わった43年前、農薬の被害など漸く表に出てきた頃でした。そしてまた、この世界は先祖からの預かり物であるという言葉に出逢ったのもこの頃でした。清らかな流れの川、豊かな森林資源、私達を取り巻く自然環境があればこそ生かされていることを肝に銘じ、自分たちに何が出来るだろうと、先ずは農薬の使用をやめることにしました。

私達がいでいくものは、それをあえて宝というのなら、お金でもなく命の水、清らかな水、それを生み出してくれている森林など、あらゆる命あるものが、大きな循環の中で生きていける環境なのだと思いました。

無農薬栽培に切り替えて約40年、もし水が危険物質で汚染されてしまったら、無農薬どころか、栽培自体が出来なくなってしまうのです。それどころか生活用水も汚染されてしまうのですから、命の危険に晒されてしまいます。

目次

水源地の山

この地域は砂泥互層という類い稀な地層により豊かな水資源に恵まれている地域です。

数年前の台風15号の襲来時に長い断水の時も、久留里地域は豊富な地下水の自噴井戸のお陰で、給水車が空にならずに帰ったと聞きました。また、この地域はその地の利を生かして、古くからの造り酒屋が5軒もあります。名水100選にも選ばれ、今は君津市の重要な観光資源にもなっています。

その地域の水源地の山に、事もあろうに産業廃棄物処理場の建設稼働が千葉県によって許可されてしまいました。

許可を下したときに、そのようなことは調査され、想像力を駆使し、この水資源が汚染されたときにどんな事態に陥るか考慮されたのでしょうか。90万人の生活用水が汚染され奪われた時、県は責任がとれるのでしょうか?お金では決して改善出来ないことなのではないでしょうか?仮に金銭で解決できても、それは被害に被った私達の税金が投入されるということでしょう。

このことは大々的に知らされることなく、事は知らないうちに進み、第Ⅰ期の漏洩事故があったにもかかわらず、Ⅱ期、Ⅲ期の建設稼働を許可してしまいました。

さすがにⅢ期の申請が出たときにやっと多くの人が気付き、「許可をしないでください」との署名運動をしましたが、県は許可をしてしまいました。

水源地の山は今も削られて、危険な産業廃棄物が運び込まれているのです。

千葉県は私達県民を不安と恐怖に落とし込んだのです。

本来県政というものは、私達県民の生活が安心と安全に送ることができるためにあるのではないのでしょうか?それを命の源である水源地を破壊するという全く県民のことを考えていない許可を下したのです。

人間のする事に絶対はありません。危険物質が絶対に漏れないと誰が保証できるのでしょうか?現に漏洩事故も起きている。それ以前に、山や森林は自然の大いなるダムの役割を果たしてくれているのに、その山を破壊したら、水資源が枯渇してしまうおそれだってあるのです。このことに携わった県職の方達、許可の判断を下した知事、それを引き継いでいる現職の知事さんは想像したことがないのでしょうか?

このことを知らない方も沢山いて、知らなかった事に驚き、県への不信感は募る一方です。水が汚染されてしまったら、どれだけ多くの県民の生活が奪われるかということ、子ども達の未来を不安の中に落としてしまっているということ、最悪未来を奪っているということを考えた事があるのでしょうか。

千葉県は県民の私達を不安の中に落とし込み、更にその正当性を言い張り、県民相手に裁判をしています。その費用も私達の血税です。

願い

法律は人を幸せにするためにあると聞きました。

私達は多くを望んでいるわけではありません。

命を繋ぐのに最も大切な水。そしてその水をもたらしてくれる水源地の山、森、樹木をこれから生まれ来る生命に豊かなまま引き継ぎたいのです。

優れた水源地のある恵まれた地域に住んでいるということを感謝しつつ、生命を育む水が清らかなまま確保されているという安心を繋いでいくことが望みなのです。

そして行政は当然、国民、県民、市民の安心と安全の上に成り立つ健やかなる生活を保障してくれるためにあると信じたい。

67年生きてきて、まさか裁判に関わるとは思ってもいませんでした。中心をなしている方達はほとんどが高齢者です。安心の中に老後を過ごせていただろう方達が、未来の子ども達のために貴重な時間をこの裁判のために使っています。

県民の安全と安心が最優先されているとは思えない、業者側についたような千葉県の答弁に開いた口がふさがらず、怒りがふつふつと湧いてきました。

私達に絶対はなく、間違いを起こします。が、それに気付いたら、正すことも出来るので、一度立ち止まり、何が最善であるかを考えなくてはなりません。想像力を働かせ、本当に恐ろしいことはなんなのか、考えてみてください。目先のことを追う結果、未来を破壊するという恐ろしいことに加担していることの方がよほど恐いことなのではないでしょうか?

私達もまた、産業廃棄物を他人事とすることなく、生活を今一度見直す機会を与えられているのだと思います。目先の便利を追求しゴミの行く先を考えないことはやはりもうやめていかなくてはならないと、警鐘を鳴らしている裁判だと思っています。

大きな循環の輪に健やかに生きていくささやかな願いを奪わないで欲しい。

千葉県が本当の豊かさと安全と安心を取り戻すために、裁判所が、この無謀な産業廃棄物最終処分場の許可を取り消していただくことを心から強く願います。

私達のささやかな命の営みのために。

最後にもう一度いいます。

これは水源地の問題なのです。

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