久留里在住 古木真也
経歴
大学院を卒業後すぐに青年海外協力隊としてコスタリカに派遣される。
河川汚染の原因となっていたチーズ工場からの排水(ホエー)から乳酸菌飲料を開発し課題を解決する。
帰国後、製薬会社で主に糖尿病と高血圧に効果がある機能性食品の開発に従事。
その後、再度コスタリカで規格外農産物を利用した商品開発と輸出を行う会社を起業。
それと同時に国際協力銀行の首都サンホセの下水整備の円借款事業の環境教育を担当。大使館での無償資金協力のコンサルティグ、ジェトロでの対日輸出支援アドバイザー、jicaでの環境関連調査など国際協力事業にも精力的に関わる。
帰国後、家業の会社の代表を経て、ピースボート等クルーズ船のスペイン語通訳として乗船。
下船後、本当の豊かさを追求するため君津市の山間部に移住してマリポコミュを主宰する。
農家の所得向上を目的とした物々交換を利用した無料での商品化ビジネスプランにおいて、ちばビジコン2021での県知事賞その他受賞。台風15号での被災やコロナを経て、マリポコミュ事業を株式会社地域会議に承継して、私は家族と共にjica企画調査員として9月メキシコ赴任予定。
あなたは、一番価値のあるものに、一番お金と時間を使っていますか。少し意地悪な質問かもしれない。
でも、この問いは、私自身が何年もかけて向き合ってきた問いでもある。三十代の頃の私は、仕事が人生だった。いや、正確には、稼げる自分が好きだった。誤解のないよう言っておくが、私は昔からそんなに物欲はない。高級車にも興味がないし、ブランド品も買わない。でも、仕事の見積りは高く出した。自分の仕事に対する価値は、支払う金額でしか表せないと思っていたからだ。高くても仕事を依頼してくれる。それが、自分の価値だと思っていた。でも、結局それだけでは満たされなかった。ある日、ふと思った。私は何を積み上げているのだろう。通帳の残高なのか。それとも人生なのか。その答えを探したくて、13年前に君津へ移住した。本当の豊かさとは何か、自分の人生で確かめたかった。生産者になりたかった。食べるものくらい、自分で作れる人間になりたかった。
私が選んだのは、「きくらげ」だった。90%以上が水でできている。「おいしい水なら、おいしいきくらげができる。」なんて短絡的な発想で、自分でも笑える。でも、本気だった。
そして、その価値観を根底からひっくり返された出来事があった。台風15号である。停電。断水。経済活動は、一瞬で止まった。毎日、何万円分ものきくらげを捨てた。育てても出荷できない。クロネコヤマトが動かなかったからだ。あれだけ必死に積み上げてきたものが、一瞬で止まった。でも、不思議だった。失ったものばかりではなかった。私は、時間を手に入れた。
お風呂にも入れない。
明るいうちに、夫婦でバケツの水を頭からかぶって汗を流した。
誰も来ないので、外でパンツ一丁。
今思えば、笑ってしまうほど豊かな時間だった。
そして、コロナと同時に娘が生まれた。私は、経済活動を縮小した。いや、「縮小した」のではない。選んだ。娘との時間を選んだのである。日々変わる娘の表情を見ながら、毎日幸せで溢れた。あのまま仕事だけを続けていたら、この時間はなかった。人生って、本当におもしろい。私にとって、その瞬間は、お金では買えない
あの頃の私は、お金で自分の価値を測っていた。今は違う。時間の使い方こそ、その人の価値観なのだと思っている。先日、近所の豆腐屋さんの前を通ると、閉店のお知らせが貼ってあった。そこには「昭和三年開業からお世話になり・・・」と書いてあった。90年以上、この土地の水とともに歩んできた店だ。久留里にはたくさんの酒蔵がある。豆腐屋がある。農業がある。どれも、水があったから生まれた。水は、商品ではない。暮らしであり、文化であり、この土地の歴史そのものなのである。
来月から私は仕事でメキシコに行くことになった。極度な硬水なので水道水は飲めない。水を買って暮らす。日本では当たり前だったことが、当たり前ではなくなる。そのとき初めて、日本の水がどれほど恵まれていたかを知ることになる。
一泊二日の登山をした時、山頂で水が一本二千円だったことがある。高いと思った。でも、買った。水がなかったからだ。値段は変わっていない。変わったのは、私の価値観だった。人は、失うまで価値に気づけない。でも、それでは遅い。水源が汚れてから、その大切さに気づく。川が失われてから、その豊かさに気づく。それでもまだ気づいてないのは、自分ごとになってないからだ。でも、残念ながら気づいた時にはもう遅い。
だから私は、子どもたちと活動している。「ProjectWET」という体験型の環境学習プログラムの中に、「驚異の旅」という水の循環を学ぶアクティビティがある。子どもたちは、水滴になって旅をする。雲になり、雨になり、地下水になり、川になり、海へ流れる。子どもたちは夢中で遊ぶ。でも、本当に大切なのは、水の循環を覚えることではない。水が「自分ごと」になることだ。私が伝えたいのは、水の知識ではない。水を人生のどこに置くか、その価値観である。もっと正確に言えば、「水は大切だ」と覚える子どもではなく、人生の優先順位の上の方に、水を置ける人を育てたいのである。
価値観は、人生を決める。何にお金を使うのか。何に時間を使うのか。何を守りたいと思うのか。そのすべては、価値観が決める。私は、大人の価値観を変えられるとは思っていない。でも、子どもたちの価値観は育てることができる。それが、50年後、100年後の小櫃川を守ることにつながると信じている。
誤解されるといけないのでお伝えしておくが、私は、裁判は大切だと思っている。地域で活動を続けることも大切だと思っている。今を守るためには、どちらも欠かせない。今止めないと手遅れになるからだ。でも、別の時系列での視点も大切だと思っている。未来の価値観を育てることもしないとまた同じことが繰り返される。私も、この会で活動する皆さんから、多くのことを学んできた。目の前の小櫃川を守ることの大切さも、その覚悟も、皆さんの姿から教えていただいた。だからこそ私は、もう一つの時間軸で、自分にできる役割を考え続けたい。だから私は、子どもたちと「あたりまえ」を「あたりまえ」で終わらせたくない。
最後に、もう一度だけ問いかけたい。あなたは、一番価値のあるものに、一番お金と時間を使っていますか。私は、その答えを子どもたち自身が見つけられるきっかけを、これからも届けていきたい。

