稲田 明(木更津市真里谷在住)
水を守るという事、それは誰かに「水を守れ」と言う事ではなく、大切な水を私の手で汚さないという事。もし目の前の水が淀んでいたら、それはめぐりめぐっていつかの私が守れなかった水の姿。きれいになってまたいつか出逢えるように、今、私の手でその水を守るという事。
農薬や化学肥料や除草剤では水を守れない。保存料や着色料や食品添加物では水を守れない。洗剤でも、柔軟剤でも、漂白剤でも水を守れない。ペットボトルやプラスチックでも、メガソーラーや原発でも水を守れない。当然、それを選ぶ私には水を守れない。
水を守るという事、それは森や山を守るという事。虫や動物たちを、道端や田畑の畦道や庭の小さな草花を守るという事。子や孫の心と体の健康を、その先に生まれる新たな生命を守るという事。
人のために水を守るのではない。それは私を守ってくれた森や山への、私を救ってくれた虫や動物たちへの、未来の子供たちへの感謝と償い。きれいな水を頂いて、きれいなままでお返しできる様に、目の前の大切な水を守るという事。
本当は「汚れた水」なんて存在しない。水はいつでも永遠に美しく清らかだ。ただそこに人間の愚かさや醜さが入り混じっただけ。水は人間を守るために、ただその愚かさや醜さを赦し続けている。いつの日か人間の営みが美しい水の様に清らかになる事を待ち続けている。果たして一体、人は水を守れるのか。

水と私を繋ぐ田圃
私は2021年に東京都三鷹市から千葉県木更津市へ移り住みました。元々、環境問題や子供たちの健康問題に強い関心があり、一消費者の立場からできるだけ自然環境を汚さない消費選択を心掛けて買い物をしたり、自然食品店で働きながら子供たちの健康を守るための情報を発信していました。たった一人でもできる事、変えられる事は沢山あります。そしてその一人ひとりの小さな積み重ねでしか世の中を本当に変える事はできないと信じています。しかしその地道な努力と変化を遥かに凌ぐ速度で自然環境の悪化が進み、子供たちの健康被害が増えている事に大きな危機感を抱いて、自分にもっとできる事はないかと模索していました。
2019年から友人に誘われて山梨県都留市の田圃へ田植えや稲刈りの手伝いに行く様になり、翌年には年間を通して一枚の田圃を管理してみないかと勧められ、週末に東京から山梨へ通う生活が始まりました。体力的にはきつい筈なのに、山梨の澄んだ空気と豊かで美しい水に触れると、毎回、身も心も清められ回復して東京へ帰って来るという不思議な体験をしました。
忍野へ行った際には、あれだけ多くの観光客が訪れる場所であるにも拘らず、人間の欲や邪気を清らかな忍野の水が一切打ち祓っている事を実感し、感動した事が強く心に残っています。長年の都会生活に染まって知らぬ間に淀んでいた私の心が山梨の空気と水に触れる度に少しずつ晴れて行く体験を通して、自然が如何に寛容で、水が如何に偉大なのかを身を以て改めて学びました。そして人間の営みである田圃という場所が、人と自然を、人と水とを繋ぐ大切な存在だという事も分かったのです。
田圃の今昔、そして未来
田圃の最も凄い所は、人為的であるのに自然が為し得ない生態系を生み出す場所だという事です。動物・植物を併せて6000種類以上の生命が四季を通して田圃に関わっています。水の生き物、陸の生き物、その中間の水辺の生き物を繋ぎ、多種多様な命の営みを結ぶ楔(くさび)となって、非常に豊かな生態系を育むのです。現在、絶滅危惧種といわれている生き物の多くが田圃の生き物だという事をとってみても、自然環境に於いていかに重要な場所なのかが分かります。更には田圃を通過する水が藻類や微生物の働きで清められる浄化作用があったり、夏の気温を水蒸気で下げる空調の作用があったり、大雨などの際に河川の氾濫を防ぐ治水の機能があったり、私達の生活環境に於いても様々な役割を果たしています。
しかし、現代の田圃はどうでしょうか。動物や植物の居場所は在りますか?絶滅危惧種の多くが田圃の生き物だという事は、本来の田圃が失われているという事です。基盤整備で大型化し、水路をコンクリートで固め、田圃には農薬や化学肥料を撒き、畦には除草剤を振り、栽培期間を過ぎれば乾田化と、そこは田圃というよりも人間主体の米工場となっています。そして本来は清めていた水を汚す場所となり、山間の小さな田圃は効率が悪いと休耕田や耕作放棄地になった事で山が荒れ、治水の機能を失って大きな土砂災害が起きる要因にもなっています。最善事を為す者はまた最悪事をも為す。戦前、正に田圃は自然界に対して人間が為し得る最善事であったのに、今日の田圃の多くは自然界に最悪事を為す場所となってしまいました。そんな場所で作られた御米を主食にする子供たちが元気で健康に育つでしょうか。
だからこそ私は、「御百姓さん」と称ばれていた先人たちが作っていた本来の田圃を一枚でも増やしたい、そしてそこで育まれていた豊かな生態系や日本の原風景ともいえる里山の環境を復元したい、子供たちの遊び場、学びの場、自然との交流の場であった生き物いっぱいの田圃を自分の手で創造してみたいという想いが日に日に強まって、もっと本格的に田圃に携わるために貸して頂ける土地を探し始めました。勿論、山梨のあの清らかな空気と水の下でできる事を夢見ていたのですが、なかなか上手く話が進まない中、御縁があって2021年3月に木更津市へ移り住む事となりました。
生き物いっぱいの田圃をめざして
耕作放棄地をお借りして1年目、田圃には想像を遥かに超える生き物たちが集まって来ました。カエルだけでも5種類、トンボは10種類以上、水の中にも沢山の小さな生き物たち、そしてそれを目当てに動物たちがやって来ます。或る朝、様子を見に田圃へ向かっていると、数百メートル手前から上空に尋常でない数の薄羽黄蜻蛉(ウスバキトンボ)を確認しました。まさかまさかと思いつつ田圃に着くと空を数百匹のトンボが飛び交っていて、たった一枚の小さな私の田圃から生まれた事を知ったのです。その時の感動といったら言葉では言い表せません。また一年中水を張ってある私の田圃には2月中頃に山赤蛙(ヤマアカガエル)が一早く産卵に訪れるのですが、冬の間は静かで寂しげだった田圃にクルルル、クルルルと響く彼等の美しい求愛の大合唱も、毎年の愉しみです。その産卵後に生まれる数千匹、いや数万匹のオタマジャクシの存在こそが田圃の生態系を爆発的に豊かにするきっかけだという事も知りました
みんなで水の守り人に
生き物いっぱいの田圃作りに励んで今期で5年目ですが、肝心の稲作はというと・・・失敗の連続です。動物にも植物にも翻弄される毎日で、初年度こそ一枚で250Kg程の収穫がありましたが、その後は田圃がびっしり水草のじゅうたんになったり、稲刈り直前で稲穂が鴨の大群や猪豚の腹ごしらえになったりと、御米がなかなか満足に人間の口に入るには至りません。心が折れた事も多々あります。それでも一つ言える事、それは私の田圃が水を守る役割を果たしているという事です。私の田圃を通る水は豊かさを増して川へと流れて行きます。そして田圃に集まる生き物や、訪れる人たちを守る事にも繋がっていると信じています。いつの日にか近い将来、稲作も上手くいく様になって生き物一杯の田圃で育った元気な御米を多くの子供たちに食べてもらえたら、子供たちの心と体の健康を守るというもう一つの大きな目標も達成できる筈です。
私は水を守れる人間に成りたいです。何故なら美しい世界を子供たちに遺したいからです。そして何より私自身が美しい世界をこの眼で見てみたいからです。それは美醜の美しさではありません。自然である事の美しさ、本来の姿である事の美しさです。「水は大切だ」とは誰もが口にする事ですが、水を大切にしている人は実際にどれだけいるでしょうか。
私は私なりに、一人ひとりがそれぞれに水を大切にできたら、水を守り、自然を守り、子供たちの健康を守る事に繋がるのだと思います。私も、貴方も、みんなが《水の守り人》であります様に。

